東京高等裁判所 昭和43年(う)1190号 判決
被告人 岡本八郎
〔抄 録〕
所論は原判決には審理不尽の違法があり之が判決に影響を及ぼすことが明らかであり破棄せねば著るしく正義に反する。即ち、原判決の「罪となるべき事実」の要旨は被告人が匕首をもつて尾崎兵松の右側胸部を突刺し同人に傷害を負わせた、というにありその証拠の標目には押収の匕首(原審昭和四三年押第二六号の一、)を掲げているが、同匕首は刀剣匠でない被告人がいわゆる匕首の格好に作つたに過ぎないものでありこれが果して銃砲刀剣類所持等取締法第二条所定の「あいくち」に該当するか否かにつき専門家の鑑定をなさずに同条所定の「あいくち」を認定したことは重大な審理不尽であり原判決に影響を及ぼすこと明らかである、というにある。
よつて案ずるのに、銃砲刀剣類所持等取締法第二条所定の「あいくち」については特に同法にその定義も明示していないことからして、「あいくち」に該当するか否かは一般社会通念によりこれが判定をゆだねているものということができる。即ち、「あいくち」とは鍔がなく鯉口と縁のよく合うように造つた短刀であり(広辞苑)、その製作が刀剣匠によるものであろうといわゆる素人によるものであろうと製作者に関係がないものである、と解するのが相当である。本件押収にかかる匕首は一見してもその鞘の作り方や材質の選び方、その中味である金属部分の形や磨き方等(被告人の司法警察員に対する供述記才によれば材質はヤスリでこれを磨き刃をつけ仕上げたものであることが明白である)いずれも精巧丹念に仕上げられており決して素人が単に形体だけをあいくちの形に模造したものということはできない。よつて原審事実認定が鑑定を経ずして判示認定をしたことについて何ら審理不尽はなく、所論は理由がない。
(石井 山崎 中村)